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惑ラグビー誕生秘話
終戦直後、経済も人心も荒れ果て、文字通りの焼け野原の状態で、食糧も物資も不足している中で、ラグビー仲間でOBとなった者たち、学校や実業団の第一線から引いた者たちのラグビーに対する思いが一層高まり、1947年(昭和22年)に関東で40才以上のラグビークラブ「不惑倶楽部」が誕生した。これを契機にラグビー競技への鼓動がいち早く再開をきたした。
これを聞きつけた関西においても、なんで大阪が黙って見ておられようかと、翌1948年(昭和23年)に大阪の40才以上のラグビークラブ「惑惑クラブ」が誕生し、今日まで営々と活動を続けている。
その後1949年(昭和24年)には九州の地福岡においても、40才以上のラグビークラブ「迷惑倶楽部」が誕生した。
そして1952年(昭和27年)以来、この関東、九州、関西の三つの惑チームが毎年集まり「三惑大会」としてゲームを競っている。
さらに惑惑クラブは、1970年(昭和45年)にいち早く台湾に遠征して海外での交流試合を行い、1972年(昭和47年)にはカナダ遠征を行い交流試合を行った。その後も海外の仲間との交流試合を続け、友好を深めて行った。
これが日本のオーバー40ラグビーにおける国際交流の足がかりとなった。
今では世界の各地でオーバー40ラグビークラブが誕生しており、ゴールデンオールディーズという世界大会まで開催されるまでに発展して行った 。

惑ラグビー年代別パンツ色


40歳代(白パンツ)


50歳代(紺パンツ)


60歳代(赤パンツ)


70歳代(黄パンツ)


80歳代(紫パンツ)


90歳以上(金パンツ)

惑惑クラブ ジャージ